「願望」と「意思」

慢性痛の患者さんと関わっていると、「治したい」という言葉をよく耳にします。
けれど、ここで一度立ち止まって考えてみてほしいことがあります。
それは、「願望」と「意思」は同じではない、という点です。

願望とは「良くなればいいな」「治ったらいいな」という気持ちのことです。
一方で意思とは、「そのために生活や行動を変える覚悟があるか」という段階を含みます。

たとえば、生活リズムを整える、痛み中心の会話を減らす、できる行動を少しずつ増やす。
こうした変化が伴って初めて、意思が行動として現れます。

慢性痛が長引く背景には、身体だけでなく、生活や人間関係の構造が深く関わっていることも少なくありません。
「治したい」という願望を持つこと自体は自然なことです。

ただ、もし現状が何年も変わらないのであれば、それは本人や家族が悪いのではなく、
まだ“意思としての準備が整っていない”だけかもしれません。

治療において大切なのは、言葉ではなく行動を見ること。
そして、変わる責任は本人にあるという前提を、専門家も家族も共有することだと考えています。